子どものころの昆虫好きが高じて、今は「細胞性粘菌」の研究者として第一線で活躍する上智大学理工学部物質生命理工学科の齊藤玉緒教授。農薬を使わない害虫対策の研究は、SDGsの観点からも注目されています。その研究内容と魅力を聞きました。(写真=上野憲一郎)

粘菌の生態に、生命の進化を垣間見る

「粘菌」にはさまざまな種類がいますが、齊藤教授が研究しているのは、土壌の表層などに棲息(せいそく)する「細胞性粘菌」です。これが実に不思議な生き物だと言います。

「普段は単細胞のアメーバで、バクテリアを食べて生きています。しかし、食べ物がなくなると、みんなで集まって多細胞化します。つまり、単細胞生物が多細胞生物へと進化するのです。そして『子実体』といわれる、柄の付いた硬い胞子を作って休眠状態になります。ほかの生き物に胞子を付着させ、新たな場所へと運んでもらうためです。胞子を付着させる際、柄の部分の細胞は自らの命をなげうって胞子を高く持ち上げます。たった5ミリ程度の高さですが、人間の世界で例えるとスカイツリーより高いくらい。それを約1日で作ります」

(図=齊藤教授提供)

食べ物がなくなるということは、生命にとっては最大のピンチ。粘菌たちは生き残りをかけて、単細胞から多細胞に変化します。その過程を目の前で見られることが面白い、と齊藤教授は言います。

「ピンチは進化のためのチャンスでもあります。細胞性粘菌を研究することで、長い歴史の中で単細胞から多細胞へと進化してきた私たち生物の根幹を振り返ることができます。そこがこの研究の面白さのひとつです」

(写真=上野憲一郎)

微生物同士の「会話』を研究

齊藤教授は、「細胞性粘菌が危険な状態になったために仲間とくっつくということは、ここでなんらかのコミュニケーションをしていると考えられる」と言います。また、仲間同士だけでなく、胞子を運んでくれる線虫(センチュウ)やミミズなどとも「会話」をしている可能性があるのだそうです。

細胞性粘菌と線虫は同じ場所で見つかることが多く、基本的に「仲良し」とされています。しかし、線虫の一種である「ネコブセンチュウ」は例外。細胞性粘菌は地表面で暮らしていますが、ネコブセンチュウは地中深く潜る種類のため、胞子が付着すると地中に連れていかれてしまいます。細胞性粘菌にとってネコブセンチュウは「嫌な存在」というわけです。そして研究の結果、細胞性粘菌がネコブセンチュウに対して「近づくな」という信号を出していることがわかってきました。人間側から見ると、ネコブセンチュウは農作物を枯らすやっかいな害虫です。細胞性粘菌の出す信号がネコブセンチュウを遠ざける、つまり農薬を使わない害虫対策になる可能性があるとして、現在、企業との共同研究を進めている、と言います。

「英国ケンブリッジの研究所に留学していたとき、『君の疑問点は何だ』といつも聞かれました。深く問い続けられる疑問点を見つけることが研究の第一歩。私は『微生物たちがどのように会話するのか』という疑問を追い続けているのです」

(写真=上野憲一郎)

子どもたちがやりたいことを後押ししてほしい

齊藤教授は北海道生まれ。子どものころから自然や虫が大好きでした。捕まえたトンボを生きた状態でひもで服にくくりつけたままご飯を食べていたら母親に叱られた……などのエピソードが数多くあるそう。あるとき、父親にもらった顕微鏡で近所に生えていた月見草の花粉を見たら、あまりの美しさに大きな衝撃を受けたと言います。

「今でも目に焼き付いているくらい、ものすごくきれいでした。それ以来、なんでも顕微鏡で見る癖が付いてしまい、それが本当に楽しくて、生物が大好きになりました」

当時は理系に進む女性は少なく、高校時代は進路に悩んだこともありましたが、好きなことを続けていきたいという強い思いがありました。大学で生物学を研究し、所属した研究室で細胞性粘菌と偶然に出合い、今に至っています。

「保護者の方には、子どもがやりたいと思ったことは男女関係なく自由に選べるように、可能な限り後押ししてあげてほしい、とお伝えしたいです。上智大学は比較的、女性たちが元気で活発で、理系にも多く入ってきています。私たち教員が心がけていることは、彼女たちが安心して研究に集中できるような環境を整えてあげること。何か困ったときには先生にも先輩にも、気軽に相談できるような態勢を作っています」

学生たちとのコミュニケーションを大切にし、ワイワイおしゃべりしながら活動するのが楽しい、という齊藤教授。教員と学生の距離が近く、明るくアットホームな雰囲気の研究室では、学生たちが生き生きと研究活動に励んでいました。

(写真=上野憲一郎)

齊藤玉緒(さいとう・たまお)/上智大学理工学部物質生命理工学科教授。北海道大学理学部生物学科卒業後、高等学校教員を経て、北海道大学大学院理学研究科博士前期・後期課程修了。博士(理学)。1996~2009年、北海道大学大学院理学研究科助手、助教。02年イギリス・MRC分子生物学研究所訪問研究員(日本学術振興会二国間学術交流特定国派遣事業)。09年上智大学理工学部物質生命理工学科准教授、 14年同教授。専門は生物分子科学、微生物の化学コミュニケーション。

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